ニュースの小箱
新聞やネットで流れたその日のちょっとしたニュースを取り上げ、自分なりの分析や意見などをまとめていきたいと思います。
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「旧日本兵2人(山川吉雄さん/中内続喜さん) 比で生存」ミンダナオ島 
 フィリピン・ミンダナオ島で、旧日本兵とみられる男性二人が現地当局に保護され、帰国を希望していることが二十六日、分かりました。二人は、山岳地帯で終戦を迎えたため引き揚げに間に合わず、そのまま現地で生活していたとみられ、ほかに数人が保護を希望しているということです。保護された二人は、旧陸軍第三十師団捜索第三十連隊第三中隊の元中隊長、山川吉雄中尉(87)=大阪市西区出身=と中内続喜上等兵(83)=高知県明治村(現越知町)出身=とみらています。また、同師団の野戦病院にいた桜井令一さん(93)も島北部で生活しているとみられています。
 第三十師団は昭和十九年七月、同島のダバオ市に上陸。同年九月に米海軍艦載機による空襲を受け、翌二十年四月に同島中央部の渓谷地帯マライバライで「自給自戦」を命じられていったん分隊となり、同島北部のワロエで再集合することになっていましたが、彼らは小人数で山岳部を転進中に終戦を迎えたため師団の引き揚げに合流できず、残留を余儀なくされました。以後、山川元中尉らは同島南部のブルアム湖近辺などを拠点に生活していました。いずれも高齢のため帰国を強く望んでいますが、戦線から離脱したことで日本での軍法会議にかけられることを強く恐れていることが分かっています。
 旧日本兵の帰国は、実現すれば小野田寛郎さん以来三十一年ぶりで、戦後六十年目の生還となります。
 
これまでの経緯を簡単に説明しますと、昨年8月、比やニューギニアなど南方地域で遺骨収集をしている慰霊事業協力団体連合会の寺嶋芳彦会長が、男性から「ミンダナオ島で材木商を営む妻が、反政府ゲリラと共生している旧日本兵を見た」との連絡を受けました。寺島さんによると、ミンダナオ島で「元日本兵らしき2人の老人が生きている」との情報が寄せられたのは昨年8月。同島の山中で、材木の伐採作業をしているフィリピン人女性が、反政府ゲリラと接触した際、ゲリラたちの中に、偶然、年老いた2人の日本人がいるのに気付いたのがきっかけでした。この女性はすぐに、長崎県に住む日本人の夫に連絡し、夫は寺島さんに、「元日本兵に違いない。すぐに助けてやってほしい」と電話で依頼しました。2人は、女性に対し、「日本に帰ると、軍法会議にかけられて銃殺されるのでは」と帰国はおろか、名前を明かすことも拒んだといことです。
 そこで昨年12月に寺嶋さんらがゲリラと接触。情報提供してきた男性の妻にも話を聞き、山川さんと中内さんが島南部の密林地帯で生活していると判断しました。このため寺嶋会長は、日本とフィリピンの両国間の交渉が必要とみて、2人が所属していた旧陸軍30師団の戦友会「豹(ひょう)の会」代表の市川豪弌さん(90)に連絡。市川さんは今年2月、厚生労働省に対し、尾辻秀久厚生労働相あてに、「ミンダナオ島で将兵が生存している情報を得ており、高齢なので早く救出してほしい」という内容の嘆願書を送っていました。 ちなみに、厚生労働省には、昨年10月の時点で、既に生存者の情報が入っていました。

 今月27日、フィリピン南部のミンダナオ島に旧日本兵とみられる男性2人が生存しているとの情報を確認するため、マニラの日本大使館員3人が同島ジェネラルサントス入りしました。しかし、同日夕になっても、面会は実現せず、市内のホテルで待機する状態が続いています。務省や大使館当局者によると、日本人の仲介者とは電話で連絡を取っていますが、同日午後5時半(日本時間同6時半)現在、2人とは接触できていません。外務省によると、ミンダナオ島南部の山岳地帯は、イスラム過激派のモロ・イスラム解放戦線(MILF)の活動が活発な地区で治安上の問題があるほか、仲介者が「2人は高齢でもあり、メディアの前にさらしたくない」として、面会に難色を示しているということです。厚生労働省も、現地で身元確認などに当たるため、同課職員1人を28日午前中に現地に派遣すると発表しました。

 厚生労働省によると、戦死情報がなく家族などの話から判断した旧日本兵の未帰還者は今年4月現在、21人。中国16人、旧ソ連2人、樺太とビルマ(現ミャンマー)、ベトナムの各1人で、フィリピンはゼロとなっていました。ただ、ミンダナオ島については、旧日本兵26人が集団で住んでいるという情報があり、72年8月と73年11月に現地を捜索しましたが、確証が得られなかった経緯があります。

 このニュースについて、小泉純一郎首相は「えっ、うそだろ、本当ならびっくりだ。よく今まで生きて頑張ってきた。どういう生活をされていたのか興味がある」さらに、「生きておられるのなら、本人たちの希望がかなえられるようにしたい」と述べたということです。

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 戦争を知らない子供たちの私は、過去に戦争があったことすら意識することなく、日々を送っていますが、まだ戦争の中で暮らしている方がいらっしゃったことを知って、心が痛みました。遠い異国で、決して治安がいいとは言えない土地で、60年以上も生活をされていたのです。お二人とも80代ということなので、一刻も早く日本に帰って、安らかな生活をしていただきたいと思います。
 それにしても、最初の発見報告から9カ月経っての今回の面会。お二人の年齢を考えると、何故にもっと早く政府はアクションを取らなかったのかと不思議に思います。しかも小泉首相のコメントを見ると、まるで、今日の午後になって始めて知ったというような反応。安国神社参拝で戦没者の霊を慰めるよりも、未だに戦争の犠牲となって生きている人々の救済にこそ、もっと心血を注いでほしいものです。
◆◇◆関連のプロブ紹介◆◇◆
今日のニュースは戦争を知らない世代にも大きなインパクトを与えました。
 ■戦争を知らないこどもたち
 ■旧日本兵
 ■旧日本兵、生存!!
 ■旧日本兵ミンダナオ島で生存?
 ■政府は旧日本兵の所在を調査せよ。
 ■ニュース
 ■旧日本兵戦後60年目の生還か
 ■<旧日本兵>フィリピン・ミンダナオ島で生存情報?
 ■旧日本兵フィリピンでたくましく生存!
 ■爺さん、軍法会議なんか気にするなよ…旧日本兵発見!
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【2015/12/13 16:00】 | # [ 編集]

TBありがとうございました。
戦争はまだ終わっていないのですね。
こちらからもTBさせていただきます。
【2005/05/28 11:22】 URL | なつ #- [ 編集]

トラバありがとうございます。
早速トラバ&リンクさせていただきました。
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
【2005/05/28 06:46】 URL | とろん #- [ 編集]

> 管理人様

TB&リンクありがとうございます。
一刻も早いご帰還を願います。
【2005/05/28 06:06】 URL | tenjin95 #- [ 編集]


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